2020/01/01

京極朋彦による韓国伝統舞踊“ハンリャンム”のリサーチレポート


2020年 最初のブログは、昨年末、韓国でおこなった、韓国伝統舞踊 "ハンリャンム" のリサーチレポートを、掲載させていただきます。
このリサーチを今後も継続し、ゆくゆくは日韓共同制作作品の上演まで漕ぎつけられたらと考えていますが、ゆっくり焦らず、時間をかけて大切に進めて行きたいと思っています。
今年も自分にできることをコツコツと、やっていこうと思います。
毎度毎度の長文ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

☆滞在中の記録を映像にまとめました。
    手っ取り早く知りたい!という方は是非こちらをご覧下さい! → 韓国滞在まとめ映像

2020年 元旦 京極朋彦


2019ソウルダンスセンターレジデンシー 
日韓共同ダンスリサーチ「身体の往復書簡」

京極朋彦による、韓国伝統舞踊 한량무(ハンリャンム)のリサーチレポート


<はじめに>

私は今回、韓国の伝統舞踊「ハンリャンム」をテーマにしたリサーチを行います。2017年に初めてソウルダンスセンターにレジデンスアーティストとして滞在した際に、私は様々な韓国の伝統舞踊を見ました。中でも感銘を受けたのが男性のソロダンス「ハンリャンム」でした。外側は柔らかく、優雅で、内側は強く、しなやか。私はこの身体性に強く魅力を感じました。そして帰国後、2018年に「ハンリャンム」の身体性をもとにしたソロダンスを制作しました。タイトルは『DUAL』といいます。

私はこのタイトルを一つの体に、ハンリャンという高貴な男性の役柄とダンサー自身、柔らかい外身と強い中身、静と動、伝統と現代といった二重性を見せたいという思いをこめてつけました。また、このタイトルには、この作品をいつか、韓国人ダンサーとのデュエット作品にしたいという思いをこめて『DUAL』と付けました。

私はこのダンスで「ハンリャンム」をただ真似したり、簡単に韓国の伝統舞踊を失礼につまみ食いする気はありません。今回のリサーチで、じっくりと時間をかけて、韓国伝統舞踊を通じて、現代を共に生きる日本人と韓国人の共通点や相違点を見つけ、交換することから始めたい。更に来年以降、今回協力してくれたダンサーを日本に招待し、リサーチを続け、いつかこの作品をデュエット作品にしたいと思っています。丁寧に何度も交換を繰り返すことによって、一つの体から何重もの身体性が見えてくることを私は期待しています。


<実施概要>
2019年
 ・3月、2019ソウルダンスセンターレジデンシー公募に応募
 ・4月、選出決定
 ・10月、ハンリャンムを踊れる伝統舞踊経験者を公募
 ・11月
  21日、ソウル到着
  23日、24日、オーディションワークショップ開催
  27日、リサーチ開始
 ・12月
     7日、リサーチ報告会を開催




公募、紹介などを経て、オーディションワークショップには4名のエントリーがあり、1名スケジュールの都合で参加できなかったので、残りの3名(男性1名、女性2名)を共同リサーチメンバーとして決定し、10日間のリサーチを行った。

リサーチ報告会では3名のダンサーと京極の4名が約30分のパフォーマンスを行い、10名の観客と、伊東のリサーチ参加者2名を含めた合計12名が鑑賞した。



<リサーチ前に参加者に投げかけた質問>


1. あなたはなぜ韓国伝統舞踊を始めたのですか?
2. あなたはなぜハンリャンムを踊り始めたのですか?
3. 伝統舞踊はあなたの生活や、現在やっていること、人生と、どのような関係にありますか?あるいは伝統舞とあなたとの間には距離がありますか?
4. 踊りを見せる以外の方法でハンリャンムを知らない人に説明するとしたら、どのように説明しますか?
5. ハンリャンムを踊る上で最も重要なことは何ですか?
6. あなたの国での、今最も大きな問題は何ですか?それについてのあなたの意見を教えてください。
7. あなたが今、個人的に抱えている最も大きな問題は何ですか?どんな些細なことでも構いません。
(参加者によってさまざまな回答があり、非常に興味深かったが、個人情報として公開は控えます。)


<リサーチ開始時にダンサーに伝えたこと>


今回の研究では、結果を急ぐことなく、私たちの出会いによって私たちの体に現れる感覚に焦点を当てたいと思います。そしてもちろん、私はこの研究で「ハンリャンム」について知りたいです。しかし、それ以上に、私はあなた自身について知りたいです。なぜなら私の最大の質問は「なぜ人は踊るのか?」だからです。
あなたは韓国の伝統舞踊にどのように出会い、なぜ韓国の伝統舞踊を踊るのですか?

そして、なぜ現代的なダンスもするのですか?
あなたはすぐに答えを見つけることがでないでしょうし、もちろん私も同じです。

しかし、私はあなたのルーツが何であるか、あなたはどこから来たのかについて、今回の調査を通して私と一緒に考えて欲しいと思います。


<リサーチメニュー>

・各自の学んできたハンリャンムについて話しあう
・互いのハンリャンムを真似しあい、その違いについて話し合う
・韓国伝統舞踊の基本の呼吸を学ぶ
・ダンサー個人を知るために、まずは自己紹介がてら即興で踊りあい、お互いのダンスを感じあう。
・京極がハンリャンムの身体性からインスパイアされて創作したダンスを参加者に見てもらう
・事前に投げかけた京極の質問に対する答えを参加者同士で共有し、話し合う
・ハンリャンムの動きと呼吸を分けてみることで、身体性を分析する
・ハンリャンムのハンリャンという役、あるいはその身体性だけを残して、違う動きの即興ダンスができるかどうか試してみる
・韓国伝統舞踊という基礎をもとに、それぞれが行っている創作活舞踊について話し合う
・それぞれの創作舞踊を見合う
・それぞれの創作舞踊を真似しあうことで、韓国伝統舞踊という基礎と各自の創作舞踊との関係性を探る
・ハンリャンムの身体性を残しつつ、京極が各自に与えたキーワードをもとに即興で踊る
・リサーチした内容をもとに、レクチャーパフォーマンス形式で発表を行う



<リサーチの過程で発見したこと>

ハンリャンム自体、韓国伝統舞踊の長い歴史の中でつくられた創作舞踊であることが判明。
(同時期にレジデンスアーティストとして滞在していた韓国人振付家のスンミさんが私に見せてくれた韓国の古い農民の素踊りの映像からも、ハンリャンムに近い身体性が垣間見られるため、すべての韓国伝統舞踊の原型はこういった農民の素朴な踊りから派生していったのではないかという推測ができる)

今回の参加者がハンリャンムを学んだイミジョ先生やグシュウホ先生は、ハンリャンムを舞踊として確立したパイオニアだが、彼らの以前にも長い歴史が存在し、ハンリャンムの本当の起源は特定しづらい。それぞれの先生によって「ハンリャン」という題材は同じでも創作者によって踊りも音楽も違う。

イミジョ先生のハンリャンムは中性的で柔らかい動きと優しい表情が特徴で、グシュウホ先生はまっすぐな姿勢と喜びを表現した力強さが特徴。ハンリャンは昔の両班という役人を差す言葉だが、一般的に「ハンリャン」は怠け者やルーズな人を揶揄する言葉として、今でも使われることがある。一般の人はそういった意味でハンリャンの言葉の意味を知っているが、ハンリャンムを知っている人は伝統舞踊経験者か、伝統舞踊に興味のある人だけで、あまり広くは知られていない。

振り付けには意味がある部分とない部分がある。例えば山の稜線を扇子で描くところがあったりする反面、形がきれいだからという理由で採用されている動きもある。

韓国伝統舞踊では「呼吸」が最重要視され、すべての動きが呼吸とリンクしている。かかとに重心を置き、地に足が着いたときに胸のあたりを拡張するように息を吸い、吐くときには丹田(お腹)を閉めるようにして息を吐く。吐いた呼吸はかかとから地面を通り、地下深くまでつながる。吸うときは、地下深くから放心円状に広がって上昇した空気が、頭のてっぺんから再び体に入る。


「天地人」の思想の元、呼吸がそれらを繋ぎ、循環している。


この呼吸が「内側が強く、外側が柔らかい」韓国舞踊独特の身体性を形作っている。

この呼吸の練習法である「基本」というステップを教えてもらったが、短時間で体が芯から温まった。
韓国伝統舞踊を教える高校では、まず3年間この「基本」を徹底的に教わるそうで、中には飽きてしまって大学に行くころには、ほとんどの学生が「基本」をおろそかにしてしまうという話も参加者から聞けた。

リサーチの過程でこの呼吸と動きのリンクを敢えて絶ってみることを試したが、長年リンクさせることに注視してきたダンサーにとっては、とても難しいワークだったようだ。それだけ韓国伝統舞踊にとって呼吸と動きは切っても切れない関係にあるということが明確になった。逆にこの呼吸と動きのリンクを基本に持っているダンサー同士は、初めて見る動きでも瞬時に真似することができる。更にハンリャンムはある程度動きが纏まったユニットになっているので、次の動きが予測しやすい。

韓国の舞踊界は大学の先生のカラーがそれぞれ色濃く反映されているので、異なる大学で異なるタイプの先生に習ったダンサー同士でも、大体そのカラーを互いに知っていれば真似することができる。さらに伝統という共通の基礎があるので、それぞれカラーの違う創作舞踊であっても共通点が多い。このような現象は日本ではほとんどないし、伝統を教える大学がそもそも少ない。
逆に韓国の学生たちは卒業後先生の教えから、どう自分の踊りを発展させていくかが課題のようだ。

ハンリャンムの身体性を残しつつ踊る即興では、それぞれの伝統との距離の違いが垣間見られて非常に興味深かった。参加者の中には幼いころから伝統舞踊を習っていた人、はじめはバレエから始めて伝統舞踊に移行した人、十代で伝統舞踊に出会った人と、それぞれ「伝統との距離」が異なっていたし、それぞれが作家として創作舞踊も作っているので、その作家性も垣間見ることができた。「伝統舞踊のリサーチ」ではあったが図らずも「その人個人のリサーチ」となり、その人の‘人となり’や歴史と深くかかわることができた。

伝統というと重く、堅苦しいものだと思われがちだが、その伝統を受け継いできたのは個人であり、その周りの人々との小さなやり取りが積み重なったものだといえる。そしてそれを革新してきたのも個人とその周りの人々との繋がりである。
そういった意味では今回、外国人である私が外からの目で韓国の伝統舞踊をリサーチしたことで、参加者の中に良い意味での「疑問と再考」をもたらしたことも、ある意味で伝統の1ページを作ったともいえるのではないかと思う。ささやかではあるが、この関係性を今後も継続して行きたい。



<リサーチ報告会参加者の感想>

観客の中には韓国伝統舞踊経験者で、このリサーチに興味があったが、スケジュール的に参加できなかったダンサーもいて、パフォーマンスを見て非常に興味を持ってくれた方がいた。
コンテンポラリーダンスの振付家の男性はハンリャンムのさわりを少しだけ習ったことがあるぐらいでそれほど自国の伝統舞踊に興味を持ってこなかったので、私がなぜ韓国伝統舞踊に興味を持ったのかが不思議だったが、パフォーマンスを見て、そのリサーチ方法や、表現方法にとても興味を持ってくれた。
更に私が創作したソロダンスがハンリャンムを長年研究したうえで作られているように見えたという感想をくれた観客もいた。


<今後の展望>

今後、今回参加してくれた参加者と共に更に深い、継続したリサーチを行いたい。
今回、言語の問題で取りこぼした情報が多くあったと思うので次回のリサーチには、日韓通訳者が必要。
現在、参加者を日本に招聘し、日本でハンリャンムを教えている韓国人の先生をゲストに招いたリサーチを行うために各種助成金を申請している。
次回のリサーチを経て、フルレングスの上映作品を創作したい。
作品が完成した暁には、日韓での上演ツアーを行いたい。

<記録映像>

Research on Korean Traditional Dance “Hallyangmu” by Tomohiko Kyogoku


<共同リサーチメンバープロフィール>



Yoo Chorong (Gabrielle)

Movement Director in SAVEAZ Film production

Dancer in The Institute of Korean Traditional Culture, 2017-2019
Bearer in ‘처용무’ (Cheoyongmu), 2017-2019
Instructor in National Gugak Center, 2016-2018
Teaching Artist in Seoul Foundation for Arts and Culture, 2016-2017
Dancer & Choreographer in MUT Dance Company, 2013-2016







Eunji Seon

Art.sun Representative

Graduated Sungkyunkwan University and Graduate School
Won the Best Choreographer Award at 2019 Korean Dance Festival



Lee Seung Hoo

Graduated from Chungnam Art High School and Chungnam University

Won 28th National Dance Festival Solo & Duet Part Excellence Award.