2020/01/01

京極朋彦による韓国伝統舞踊“ハンリャンム”のリサーチレポート


2020年 最初のブログは、昨年末、韓国でおこなった、韓国伝統舞踊 "ハンリャンム" のリサーチレポートを、掲載させていただきます。
このリサーチを今後も継続し、ゆくゆくは日韓共同制作作品の上演まで漕ぎつけられたらと考えていますが、ゆっくり焦らず、時間をかけて大切に進めて行きたいと思っています。
今年も自分にできることをコツコツと、やっていこうと思います。
毎度毎度の長文ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

☆滞在中の記録を映像にまとめました。
    手っ取り早く知りたい!という方は是非こちらをご覧下さい! → 韓国滞在まとめ映像

2020年 元旦 京極朋彦


2019ソウルダンスセンターレジデンシー 
日韓共同ダンスリサーチ「身体の往復書簡」

京極朋彦による、韓国伝統舞踊 한량무(ハンリャンム)のリサーチレポート


<はじめに>

私は今回、韓国の伝統舞踊「ハンリャンム」をテーマにしたリサーチを行います。2017年に初めてソウルダンスセンターにレジデンスアーティストとして滞在した際に、私は様々な韓国の伝統舞踊を見ました。中でも感銘を受けたのが男性のソロダンス「ハンリャンム」でした。外側は柔らかく、優雅で、内側は強く、しなやか。私はこの身体性に強く魅力を感じました。そして帰国後、2018年に「ハンリャンム」の身体性をもとにしたソロダンスを制作しました。タイトルは『DUAL』といいます。

私はこのタイトルを一つの体に、ハンリャンという高貴な男性の役柄とダンサー自身、柔らかい外身と強い中身、静と動、伝統と現代といった二重性を見せたいという思いをこめてつけました。また、このタイトルには、この作品をいつか、韓国人ダンサーとのデュエット作品にしたいという思いをこめて『DUAL』と付けました。

私はこのダンスで「ハンリャンム」をただ真似したり、簡単に韓国の伝統舞踊を失礼につまみ食いする気はありません。今回のリサーチで、じっくりと時間をかけて、韓国伝統舞踊を通じて、現代を共に生きる日本人と韓国人の共通点や相違点を見つけ、交換することから始めたい。更に来年以降、今回協力してくれたダンサーを日本に招待し、リサーチを続け、いつかこの作品をデュエット作品にしたいと思っています。丁寧に何度も交換を繰り返すことによって、一つの体から何重もの身体性が見えてくることを私は期待しています。


<実施概要>
2019年
 ・3月、2019ソウルダンスセンターレジデンシー公募に応募
 ・4月、選出決定
 ・10月、ハンリャンムを踊れる伝統舞踊経験者を公募
 ・11月
  21日、ソウル到着
  23日、24日、オーディションワークショップ開催
  27日、リサーチ開始
 ・12月
     7日、リサーチ報告会を開催




公募、紹介などを経て、オーディションワークショップには4名のエントリーがあり、1名スケジュールの都合で参加できなかったので、残りの3名(男性1名、女性2名)を共同リサーチメンバーとして決定し、10日間のリサーチを行った。

リサーチ報告会では3名のダンサーと京極の4名が約30分のパフォーマンスを行い、10名の観客と、伊東のリサーチ参加者2名を含めた合計12名が鑑賞した。



<リサーチ前に参加者に投げかけた質問>


1. あなたはなぜ韓国伝統舞踊を始めたのですか?
2. あなたはなぜハンリャンムを踊り始めたのですか?
3. 伝統舞踊はあなたの生活や、現在やっていること、人生と、どのような関係にありますか?あるいは伝統舞とあなたとの間には距離がありますか?
4. 踊りを見せる以外の方法でハンリャンムを知らない人に説明するとしたら、どのように説明しますか?
5. ハンリャンムを踊る上で最も重要なことは何ですか?
6. あなたの国での、今最も大きな問題は何ですか?それについてのあなたの意見を教えてください。
7. あなたが今、個人的に抱えている最も大きな問題は何ですか?どんな些細なことでも構いません。
(参加者によってさまざまな回答があり、非常に興味深かったが、個人情報として公開は控えます。)


<リサーチ開始時にダンサーに伝えたこと>


今回の研究では、結果を急ぐことなく、私たちの出会いによって私たちの体に現れる感覚に焦点を当てたいと思います。そしてもちろん、私はこの研究で「ハンリャンム」について知りたいです。しかし、それ以上に、私はあなた自身について知りたいです。なぜなら私の最大の質問は「なぜ人は踊るのか?」だからです。
あなたは韓国の伝統舞踊にどのように出会い、なぜ韓国の伝統舞踊を踊るのですか?

そして、なぜ現代的なダンスもするのですか?
あなたはすぐに答えを見つけることがでないでしょうし、もちろん私も同じです。

しかし、私はあなたのルーツが何であるか、あなたはどこから来たのかについて、今回の調査を通して私と一緒に考えて欲しいと思います。


<リサーチメニュー>

・各自の学んできたハンリャンムについて話しあう
・互いのハンリャンムを真似しあい、その違いについて話し合う
・韓国伝統舞踊の基本の呼吸を学ぶ
・ダンサー個人を知るために、まずは自己紹介がてら即興で踊りあい、お互いのダンスを感じあう。
・京極がハンリャンムの身体性からインスパイアされて創作したダンスを参加者に見てもらう
・事前に投げかけた京極の質問に対する答えを参加者同士で共有し、話し合う
・ハンリャンムの動きと呼吸を分けてみることで、身体性を分析する
・ハンリャンムのハンリャンという役、あるいはその身体性だけを残して、違う動きの即興ダンスができるかどうか試してみる
・韓国伝統舞踊という基礎をもとに、それぞれが行っている創作活舞踊について話し合う
・それぞれの創作舞踊を見合う
・それぞれの創作舞踊を真似しあうことで、韓国伝統舞踊という基礎と各自の創作舞踊との関係性を探る
・ハンリャンムの身体性を残しつつ、京極が各自に与えたキーワードをもとに即興で踊る
・リサーチした内容をもとに、レクチャーパフォーマンス形式で発表を行う



<リサーチの過程で発見したこと>

ハンリャンム自体、韓国伝統舞踊の長い歴史の中でつくられた創作舞踊であることが判明。
(同時期にレジデンスアーティストとして滞在していた韓国人振付家のスンミさんが私に見せてくれた韓国の古い農民の素踊りの映像からも、ハンリャンムに近い身体性が垣間見られるため、すべての韓国伝統舞踊の原型はこういった農民の素朴な踊りから派生していったのではないかという推測ができる)

今回の参加者がハンリャンムを学んだイミジョ先生やグシュウホ先生は、ハンリャンムを舞踊として確立したパイオニアだが、彼らの以前にも長い歴史が存在し、ハンリャンムの本当の起源は特定しづらい。それぞれの先生によって「ハンリャン」という題材は同じでも創作者によって踊りも音楽も違う。

イミジョ先生のハンリャンムは中性的で柔らかい動きと優しい表情が特徴で、グシュウホ先生はまっすぐな姿勢と喜びを表現した力強さが特徴。ハンリャンは昔の両班という役人を差す言葉だが、一般的に「ハンリャン」は怠け者やルーズな人を揶揄する言葉として、今でも使われることがある。一般の人はそういった意味でハンリャンの言葉の意味を知っているが、ハンリャンムを知っている人は伝統舞踊経験者か、伝統舞踊に興味のある人だけで、あまり広くは知られていない。

振り付けには意味がある部分とない部分がある。例えば山の稜線を扇子で描くところがあったりする反面、形がきれいだからという理由で採用されている動きもある。

韓国伝統舞踊では「呼吸」が最重要視され、すべての動きが呼吸とリンクしている。かかとに重心を置き、地に足が着いたときに胸のあたりを拡張するように息を吸い、吐くときには丹田(お腹)を閉めるようにして息を吐く。吐いた呼吸はかかとから地面を通り、地下深くまでつながる。吸うときは、地下深くから放心円状に広がって上昇した空気が、頭のてっぺんから再び体に入る。


「天地人」の思想の元、呼吸がそれらを繋ぎ、循環している。


この呼吸が「内側が強く、外側が柔らかい」韓国舞踊独特の身体性を形作っている。

この呼吸の練習法である「基本」というステップを教えてもらったが、短時間で体が芯から温まった。
韓国伝統舞踊を教える高校では、まず3年間この「基本」を徹底的に教わるそうで、中には飽きてしまって大学に行くころには、ほとんどの学生が「基本」をおろそかにしてしまうという話も参加者から聞けた。

リサーチの過程でこの呼吸と動きのリンクを敢えて絶ってみることを試したが、長年リンクさせることに注視してきたダンサーにとっては、とても難しいワークだったようだ。それだけ韓国伝統舞踊にとって呼吸と動きは切っても切れない関係にあるということが明確になった。逆にこの呼吸と動きのリンクを基本に持っているダンサー同士は、初めて見る動きでも瞬時に真似することができる。更にハンリャンムはある程度動きが纏まったユニットになっているので、次の動きが予測しやすい。

韓国の舞踊界は大学の先生のカラーがそれぞれ色濃く反映されているので、異なる大学で異なるタイプの先生に習ったダンサー同士でも、大体そのカラーを互いに知っていれば真似することができる。さらに伝統という共通の基礎があるので、それぞれカラーの違う創作舞踊であっても共通点が多い。このような現象は日本ではほとんどないし、伝統を教える大学がそもそも少ない。
逆に韓国の学生たちは卒業後先生の教えから、どう自分の踊りを発展させていくかが課題のようだ。

ハンリャンムの身体性を残しつつ踊る即興では、それぞれの伝統との距離の違いが垣間見られて非常に興味深かった。参加者の中には幼いころから伝統舞踊を習っていた人、はじめはバレエから始めて伝統舞踊に移行した人、十代で伝統舞踊に出会った人と、それぞれ「伝統との距離」が異なっていたし、それぞれが作家として創作舞踊も作っているので、その作家性も垣間見ることができた。「伝統舞踊のリサーチ」ではあったが図らずも「その人個人のリサーチ」となり、その人の‘人となり’や歴史と深くかかわることができた。

伝統というと重く、堅苦しいものだと思われがちだが、その伝統を受け継いできたのは個人であり、その周りの人々との小さなやり取りが積み重なったものだといえる。そしてそれを革新してきたのも個人とその周りの人々との繋がりである。
そういった意味では今回、外国人である私が外からの目で韓国の伝統舞踊をリサーチしたことで、参加者の中に良い意味での「疑問と再考」をもたらしたことも、ある意味で伝統の1ページを作ったともいえるのではないかと思う。ささやかではあるが、この関係性を今後も継続して行きたい。



<リサーチ報告会参加者の感想>

観客の中には韓国伝統舞踊経験者で、このリサーチに興味があったが、スケジュール的に参加できなかったダンサーもいて、パフォーマンスを見て非常に興味を持ってくれた方がいた。
コンテンポラリーダンスの振付家の男性はハンリャンムのさわりを少しだけ習ったことがあるぐらいでそれほど自国の伝統舞踊に興味を持ってこなかったので、私がなぜ韓国伝統舞踊に興味を持ったのかが不思議だったが、パフォーマンスを見て、そのリサーチ方法や、表現方法にとても興味を持ってくれた。
更に私が創作したソロダンスがハンリャンムを長年研究したうえで作られているように見えたという感想をくれた観客もいた。


<今後の展望>

今後、今回参加してくれた参加者と共に更に深い、継続したリサーチを行いたい。
今回、言語の問題で取りこぼした情報が多くあったと思うので次回のリサーチには、日韓通訳者が必要。
現在、参加者を日本に招聘し、日本でハンリャンムを教えている韓国人の先生をゲストに招いたリサーチを行うために各種助成金を申請している。
次回のリサーチを経て、フルレングスの上映作品を創作したい。
作品が完成した暁には、日韓での上演ツアーを行いたい。

<記録映像>

Research on Korean Traditional Dance “Hallyangmu” by Tomohiko Kyogoku


<共同リサーチメンバープロフィール>



Yoo Chorong (Gabrielle)

Movement Director in SAVEAZ Film production

Dancer in The Institute of Korean Traditional Culture, 2017-2019
Bearer in ‘처용무’ (Cheoyongmu), 2017-2019
Instructor in National Gugak Center, 2016-2018
Teaching Artist in Seoul Foundation for Arts and Culture, 2016-2017
Dancer & Choreographer in MUT Dance Company, 2013-2016







Eunji Seon

Art.sun Representative

Graduated Sungkyunkwan University and Graduate School
Won the Best Choreographer Award at 2019 Korean Dance Festival



Lee Seung Hoo

Graduated from Chungnam Art High School and Chungnam University

Won 28th National Dance Festival Solo & Duet Part Excellence Award.

2019/05/29

来月に迫った梅田宏明+Somatic Field Project公演とAPAF2019出演者募集について

先日、行われた京極朋彦 / 永田桃子 ソロダンスダブルビル公演にご来場いただいた皆様、ありがとうございました。自分の中では近年稀に見る豊かな時間でした。
今もふとした瞬間にカフェ ムリウイの屋上でお客さんと過ごした一時を思い出して嬉しくなります。

 

今回の公演は、枚数限定の事前決済制にしたということもあり、ひと月前にチケットがほぼ完売しただけでなく、お客さんが前々から楽しみにして下さっていた感じが、客席に溢れていて、少人数でしたが「待つ」事で醸造された豊かな空気が流れている、とても幸せな公演でした。
改めて「量より質」が自分には合っているなと感じたので、次回また開催する際にはより、この豊かさを味わってもらえるよう頑張りたいと思います。おそらく次回も量は少ないですが、、、。
 
そして、ご来場していただいた方々にはお知らせしましたが、今回ご一緒させていただいた永田桃子さんが、現在、クラウドファンディングをしています。
 
ベルギーを拠点とする世界屈指のダンスカンパニー「ピーピング・トム」の全世界オーディションの一時選考を通過した彼女は6月ベルギーに二次選考を受けに行きます。これ、全世界から2300もの応募があるような大規模なもので、そこから一次を勝ち抜いたって、本当にスゴイことです!!
 
私もかつてクラウドファンディングを利用して、メキシコに公演をしに行きましたが、今は当時に比べて「クラウドファンディング」という言葉がかなりメジャーになってきたこともあり、ファンディングするダンサーも増えてきていますが、これ、やる方も結構勇気が要るものです。
 
そして何より、ダンサー、振付家にとって、これほど普段から気にかけてくださる方々のありがたさを感じる体験はないので、応援した側は一生感謝されます(私はしています!)と、いうことで、是非彼女の世界デビューを応援してあげてください!!
 
ファンディング詳細はこちらです
 
 
「普段から気にかけてくださる方々のありがたさ」という話が出ましたが、実は最近、こんな私のブログを楽しみにしてくださっている稀有な方が存在するということを知り、びっくりしています。
 
このブログはどちらかというと自分の整理のために書いている節が強いのですが、人が読んでいるという緊張感で更に整理される思考があるので、引き続きマイペースに書き溜めていこうと思っています。
 
とはいえ、ちょっと意識はしますよね、、、「読んでるよ!」といわれるとね、、、。
 
だからというわけではないのですが、いつも徒然なるままに、書き溜めているこのブログには珍しく、今回はテーマを決めて書いてみようと思います。
 
 
今回のテーマは「オーディション」「海外」「思考の拡張」の三本立て。
 
 
三つめの「思考の拡張」が急に飛躍した話のように思えますが、毎度の長文に最後までお付き合い頂けた方には、話が繋がってわかってもらえるのではと思います、、、。
是非お時間のある時に、最後までお付き合いいただければと思います。
 
 
 
ということで、まず最初のトピック「オーディション」について。
なぜ今、「オーディション」について書くかというと、ちょうど永田さんがオーディションに挑戦しているということもありますが、実は今、私も、日本全国から応募者を募るオーディションに関わっているからです。
 
今年の東京芸術祭、アジア舞台芸術人材育成部門 APAF2019(アジアパフォーミングアーツファーム)APAF Exhibitionで、フィリピンの演出家Issa Manalo Lopezと私の共同演出作品に参加して頂ける出演者とスタッフを現在、募集しています。(同プログラムの別企画APAF Lab.参加者も同時募集中)
 
昨年私とフィリピンの演出家Issa、インドネシアの演出家Dendiの三人はAPAF国際共同制作ワークショップという企画で一週間、静岡県のSPAC静岡県舞台芸術公園に合宿をし、東南アジアから集まった総勢13人のダンサーや俳優と共に20分ほどの作品をそれぞれ制作し、東京芸術劇場で発表しました。
 
今年はその中から選出されたメンバーと共にIssaと私の共同演出でフルレングス作品(長編作品)を制作し、再び東京芸術劇場で発表します。
 
アジア各国から選ばれた役者、ダンサーと共に日本にいながら1か月間、国際共同制作が出来るチャンスです。出演料も出るので、宿がなんとかなれば地方から来る価値は十分あると思います。
ぜひ応募してみてください。締切は612日!!
扉は選ばれた者だけが叩けるのではなく、行くと決めた者の前に現れるものです。
おもいっきりノックして下さる方をお待ちしています!
 
詳細はこちら
 
 
そして、ここからが裏話ですがダンサーと共に日本にいながら1か月間、国際共同制作が出来るチャンスです。出演料も出るので、宿がなんとかなれば地方から来る価値はあると思います。
扉は選ばれた者だけが叩けるのではなく、行くと決めた者の前に現れるものです。
おもいっきりノックして
実は私、20代で一回APAFワークショップ参加者のオーディションに落ちています。当時のAPAFは今とディレクターも方針も違いますし、オーディションで何をやったか、今となっては思い出せないぐらいなのですが、、、。
 
そんな私が去年初の、演出家の公募に受かり、今年は参加者を選ぶ側に回っているというのは、とても不思議なことです。まさか自分が落ちたオーディションをやる側になるとは普通思いません。
 
つまり何が言いたいかというとオーディションというものは半分は「偶然と時の運」で出来ているということです。
受ける人の持っている実力や運だけでなく、誰もコントロールできない偶然と、時の流れ、タイミングみたいなものがあって、その流れに偶々引っかかったり、かからなかったりするということです。
 
実際、去年の演出家公募の際、背中を押してくれたのは奥さんでした。もし私が結婚していなかったら、応募すらしていなかったかもしれません。
 
もちろん何かに選出されるには、それ相応の実績や経験が必要ですが、その時、その作品に何が必要とされているかどうか?や集まった人たちの男女比、年齢、バランスによって結果は大きく左右されることがほとんどなので、決してその人の優劣を決めるものでもなければ、ステータスを図るものではないということです。
 
分かっちゃいるけど落ちたら落ち込むのがオーディションなんですけどね、、、。
 
僕もかつて様々なオーディションに落ちてきましたが、幸い自分も作る側の人間だったので、この「時の運セオリー」を理解はできました。
 
とはいえ「時の運」だけに任せてもいられない部分というのも実はあって、今回のオーディションには年齢制限(原則35歳以下)や英語力など、誰もが通れる道ではないことは確かです。
 
よくこういった海外との共同事業の募集要項には「英語ができなくても気持ちがあれば大丈夫!」と書いてあります。それはもちろん一理あります。
 
ただ僕は正直、この文章は英語ができるやつが書いている文章だと思っていて、僕の経験上、英語ができなければその分、クリエーションでの困難は増えますし、コミュニケーションの質は落ちます。それに伴って孤独感や劣等感が生まれ、本来のパフォーマンスが落ちることもあります。
 
だから僕は個人的には今回のオーディションでは事前に「気持ちだけでは無理です」と付け加えたい(オフィシャルには「英語を話す意思のある方」であれば応募OK
 
それは何も「あきらめてください」という意味ではなく、それ相応の準備が必要だということです。今は便利な翻訳アプリが山ほどあるし、結局、コミュニケーションの問題は、下手くそでも言ったもん勝ちみたいなところがあって、良くも悪くも、それが言語の持つ力だとも思うので、自分の言いたいことに、どれだけ気持ちと手間と技術を詰め込めるかが勝負です。どれが欠けてもダメです。
 
そして一番難しく、一番重要なのが「言葉に頼りすぎないこと」。
 
それって結局のところ表現にも通じることで、技術のない気持ちだけの演技は伝わらないし、高い技術でも気持ちの入っていない踊りは面白くない。そして、手間暇かけた時間は舞台上で決して無駄にならないが、経験だけに頼りすぎてはいけないということと同じです。
 
で、ここまで偉そうなことを言っておきながら、実は僕は英語が得意ではありません!
 
中学高校では結構勉強した口ではありますが、後は2012年から毎年一回ぐらい海外に出て実践する中で何とか「できる風」を装っていますが、とにかくグーグル先生と二人三脚で何とかやってきました。
 
海外では観光もせず、ひたすらWi-Fiのあるカフェで翻訳作業したりして、正直むちゃくちゃ大変です。
 
それでも私がこの数年間「海外」ということに拘って創作を続けてきたかというと、そこにダンスの本質を見つける鍵があるような気がしたからでした。
 
 
そしてこの流れからそのまま二つ目のトピック、「海外」の話に移行していきますが、私が「鍵」と呼んでいるものは日本より海外の方が文化や設備が優れているとか、そういう話では、もちろんありませんし(ダンス界において日本が海外に比べて遅れていることは多々ありますが)私自身、世界中隈なく見て回ったわけではないので、偉そうなことは言えないのですが、その「鍵」とは主に、自分の中の話。
 
どういうことかというと、「海外」には言語の違いだけでなく文化や宗教、歴史認識の違いなど様々な「思いもよらないこと」が溢れています。そこを経由することで自分の「思いもよらない思考」にたどり着ける可能性があるのです。
 
私の場合、英語を話していると、日本語を話している時よりも明確に自分の中に「言葉」への疑いがあることが見えてきます。
これだけグーグル先生にお世話になりながら翻訳して「言語化」しているにもかかわらず、やればやるほど言語を疑うようになる。これは一見、矛盾しているように思われるかもしれません。
 
頼みの綱である「言語」にしがみつきながら、どんどんその綱のもろさを手の感覚で感じ始めるのです。どんなに「言葉、言語」を尽くしても埋まらないものがある。ただ、それを埋めてからしか始まらないことがある。
 
私は海外での制作を重ねるごとに、私にとって言語は「言語以外の空白を炙り出すためのツール」なのだということがわかってきました。
 
その空白に何かしらの真実があると思っているから、言語を埋めていかないと浮かび上がってこないその空白を求めて、せっせと言語化をしているのだと思うのです。
 
そして、私が良く作品で使う「デタラメ語」(参考動画)も言語だけでは埋まらない更に細かい隙間を埋めるための粒子の細かいパテのようなものかもしれません。
ともあれ言語化、あるいはデタラメ語化で埋めていった先にどうしても埋まらないモノの一つが、僕にとってのダンスなのかもしれません。
 
海外での制作が自分にあっているのは、英語が得意ではない分、逆に物事をストレートにしか言えなくなるということと、更に言語化に労力がかなりかかる分、言葉がより「ツール化」して、何が言葉で何が真実かがわかるというか、「真実」とか言った時点で胡散臭いですけど、とにかくすごく言語、言葉と「その隙間」に、普段より敏感になることができるからなんだと思います。
 
日本語思考では意外と見落としてしまう、というか日本語化できすぎて埋まっちゃう、言語化できない隙間をすごく意識することに、結果的に、なるんです。
 
「ダンスに言葉はいらない」とよく言われますが、僕はこれに否定的で、ダンスだからこそ言葉は尽くされるべきだし、その言語化できない隙間にしか「ダンスでやる意味があること」はないのではないかと思っています。「言葉にできない」がダンサーの言い訳になるまでには、本当に言葉を尽くして詰める必要がある。
 
 
話が結構なところまで進みましたが、これが今回の三つめのトピック「思考の拡張」につながってきます。
 
日本語だけで考えていては浮かび上がらない隙間を意識して作品を作ることは、作品をすべてコントロールしようとする欲求からの自由を生み出します。
つまりは自分の思い通りになりすぎない部分に自分でも「思いもよらない」可能性が眠っている。
得てして国際共同制作というものは思い通りになんかならないものです。だから面白いし、可能性がある。
 
なぜ自分がここ数年意識的に海外で仕事をするようになったかの答えが、今になってぼんやりと見えてきました。当時はただの感覚でしかなかったんですが。
 
そして「思い通りにならない」のが面白いなんて思えるようになったのはハッキリ言ってここ最近の話です。
今まで様々な国で、様々な困難と、それを凌駕する素晴らしい体験をしてきたからこそ、こんなことが言えるんだと思います。それまでは自分の思い通りにならないのは本当に辛い事でした。
 
そんな私は去年のAPAFの発表後のラップアップで、自身の創作した作品について「もっと手放せる部分があって、それを手放していたら、より面白くなっていたかもしれない。」と語っていました。今でもそう思います。
「思い通りになる」ことは快感ですが、その先は「手放すこと」が新たなフェーズではないかと思います。
 
そして今年、そのチャンスが訪れました。今年のAPAFは演出家がツートップの国際共同制作です。昨年に増して、混迷を極める展開が予想されます。(既に連日Issaとのメールのやり取りは始まっています。)しかしこの状況が更にハードな「言語化」を必要とし、更なる「手放し」を生み、私の「思考の拡張」を促進してくれることと思います。
 
そんな「手放す」フェーズに入ってきた最近ですが、実は同じようなことがダンサーとしても起きてきていて、「思考の拡張」に関連する、ダンサーとしての大きな発見があったので、そのことも記しておこうと思います。
 
それはここ数年関わらせていただいている梅田宏明+Somatic Field Projectでのこと。
このプロジェクトは以前このブログでも紹介しましたが、そもそもこの梅田宏明+Somatic Field Projectのオーディションを受けたことで私は永田桃子さんとも出会っていますし、梅田さんは一年のほとんどを海外で過ごされている作家さんで、まさにここ数年の私の思考の拡張に多大なる影響を与えているプロジェクトです。
 
その中でよく梅田さんが仰ることがあります。詳細は過去の私の記事を見て頂けると、よりわかりやすいと思いますので省きますが、私の言葉で言うと
 
「知らない動きはできない」ということです。
 
は?
 
ってなりますよね。至極当たり前のこと過ぎて。
 
もう少し説明すると、例えば自分が知覚できない速さの動きは、実は能力的にはできるはずの動きでも、脳みそがブレーキをかけてできなくしてしまう事がある。ということです。
 
「言語化できないものは存在しない」という哲学のロジックを思い浮かべるとわかりやすいのですが(例えば「いぬ」という言葉がなければ「目の前のもふもふした毛の塊のような生き物」は存在しなくなってしまうというようなロジック)「知らない動きはできない」は言い換えれば「知覚できない動きをコントロールすることはできない」逆に「知覚できる動きは、コントロールできる」ということです。
 
どんなに難しそうな動きや速い動きでも、細分化して一つ一つを知覚して、頭で捉えることができれば、できるようになる。逆にそれができないと一生できないということで、それってすごく物事をぎりぎりまで言語化していってその隙間を埋めていく作業と似ているんです。
 
そしてその言語化が進むと、その先の言語化できない部分も味方につけることができる。
 
ちょうど私が英語を使って海外のダンサーと作品を作るときのように、言語化した先の「隙間」が語り始める。
 
体の中にアクティブ(能動的)な部分とパッシブ(受動的)な部分が出来て、その両方をコントロールできるようになる。
意識を高めていくと、無意識の領域が動きを助けてくれる。
 
つまりは動きが本当の意味で、できるようになるということ。
 
これは梅田さんがワークを通してずっと教えてくれていることなのですが、実践はなかなか難しい。しかし私は最近、言葉や言語化、思考の拡張といったキーワードから何となくその輪郭を掴み始めたように思っています。
 
とても話がマニアックになって来てしまいましたが、僕の中で海外で制作をすることと、この体の可能性を探ることは同じことで、どちらも未知なるものに具体的なアプローチをすることで、「思考を拡張」していくことに他ならないのです。
 
梅田宏明+Somatic Field Projectにかかわって三年。ひたすらに体を動かす中で、さらに、どうして自分は今まで言葉、言語というものに拘ってきたのかがわかるようになってきました。
 
それは言語の先に「何かがある」(としか言いようのない)ことを潜在的に知っていた、あるいは子供たちが元々知っていて、大人が忘れてしまった「言葉の不思議」みたいな感覚を未だに引きずっているからなのかもしれません。(ピーターパン症候群的な、、34歳、かなりイタイですね)
 
昔っからノートを書きまくる癖も、ここから来てるのかもしれません。
以前恩師に「書き溜めたノートを河原で燃やして来い!」といわれたことがありますが、正に私はノートを燃やすという行為のために書いていたのかもしれません。(実際は燃やせなかったので、古紙回収に出しましたけどね 笑)
 
ということで、私の思考は拡張しているのか退行しているだけなのかよくわからなくなってきたところで、ここからは潔く宣伝です。
 
そんな私が関わって三年目になる梅田宏明+Somatic Field Projectの新作公演が来月、池袋、あうるスポットであります。梅田さん自身のソロダンス、私たちの出演するグループ作品に加え、梅田さんのメソッドをヒップホップダンサーに移植した意欲作とインスタレーション作品の4本立てという豪華ラインナップです。
 
<詳細>

 
 
APAFも梅田さんも、開催は池袋の西口、東口です。兵庫県に移住してこんなに池袋に行くことになるとは思ってもみませんでしたが、兵庫と東京の往復で拡張されている思考や、今年行く「海外」として、韓国のアーティストインレジデンスの話があるのですが、それらに関しては、また別の機会に書きたいと思います。
 
また長くなりすぎました。
最後までお付き合いいただいたみなさん、ありがとうございました。
ぜひ、様々な場所で皆さんにお会いできるのを楽しみにさせて頂きます。
 
京極朋彦

2019/04/10

京極朋彦 / 永田桃子 ソロダンス ダブルビル公演によせて

https://www.facebook.com/events/849019145441726/
画像をクリックすると公演詳細ページにとびます。
 
久しぶりに東京で自作を発表します!

昨年、神戸で初演したソロダンスです。
この作品は2017年に韓国に滞在した時に、現地の伝統舞踊に強く影響を受けて作り始めた作品でした。
それがなんと今年、再び韓国で、現地の伝統舞踊のダンサーと共に滞在制作を行い、デュエット作品に発展させるプロジェクトが動き出しました!

そんなタイミングもあって、今回もう一度、この作品を自分でしっかり踊っておきたいと思いました。
しかも東京ではまだ発表していない作品だったので、移住してから一年半のご挨拶も含めて、東京のお客さんにも見てもらってから、自信を持って韓国に行こう!ということで今回の企画を立てました。
そして以前から気になっていた、とても素敵な場所、カフェ ムリウイさんで公演を実現できることになり、とても嬉しく思っています。

そして何より、今回一番嬉しいのは、永田桃子さんとダブルビル公演をすることになったことです。

彼女は、年の差はあれど、気心の知れた友人であり、私が今「大人げなく本気で挑みたい相手」でもあります。

永田さんとは2年前、梅田宏明 主催 SomaticField Projectで出会い、今まで何度か共演やイベントのゲストとして、ご一緒させていただきましたが、その才能は素晴らしく、おそらく長くは日本に留まらないだろうと思っていたので、このタイミングでご一緒できて本当に嬉しいです。

そしてもう一つ嬉しいことは、彼女が今回、習作として踊るソロダンスのタイトル『喪服を洗う女』は、私が今年2月に開催した「踊る体の写生会 vol.8」で彼女が即興で踊った踊りに、私がその場でポロッと口にした言葉がそのまま使われていることです。

「そのタイトルでソロダンスが作りたいです。」

その時すぐに永田さんがものすごく「まっすぐ」に言ってくれたのを、私は鮮明に覚えていて、それが今回の企画の始まりでした。
今思えば私は、その時、単純に嬉しい気持ちと同時に、彼女の「まっすぐさ」に10年前の自分を思い出していたのかもしれません。

10年前。24、5歳の時。
私は、お金もなければ、場所もない、技術も見せ方も、とっ散らかっていたけれど、ただただ作品を世に送り出したい一心でした。
粗削りだけど「ダンスにまっすぐ」だった10年前。
今の私も、果たして当時と同じようにダンスに「まっすぐ」でいられているだろうか?
あまりにも「まっすぐ」な永田さんを見て、おじさんはハッとしたのでした。

そしてこれも後から気が付いたのですが、10年前、私がソロダンス『カイロー』を作った時と、今の永田さんはちょうど同じ年齢でした。
(念のため言っておくと10年前の私と、今の永田さんは比べ物にならないぐらい技術も精神も永田さんが上!!)

偉そうなことは言えないのですが、若い頃の「まっすぐさ」でしか作れない作品というものが、この世にはあって、永田さんの今回の作品が、ここからどんどん発展していけば嬉しいなという思いもあって、今回の企画を進めています。

少し話はズレますが、東京には若手育成事業やコンペティション、助成金や劇場、そして様々な情報が溢れています。
私が20代前半の頃よりもそれらは多く、手厚くなっているはずです。それは数々の先輩たちが切り開いてくれた財産です。
しかし、今の若いダンサーにとってこの状況が実は逆に「ダンスにまっすぐ」でいることを難しくしていないだろうか?と思うことが最近あります。

もちろんサポートや環境の整備は重要な社会課題ですし、若手育成事業そのものを否定するわけではありません。わたしもその恩恵にあずかってきたうちの一人でもあります。

しかし若いアーティストが何かに出会って、その衝動をそのまま作品にするまでに、必要なものが用意されすぎているのも、逆にやりづらさもあるのではないか?
そんなことを、東京を離れて移住してから特に、よく思うようになりました。

そんなことを思っていた矢先、話を今回の企画に戻すと、そういったあれこれを吹っ飛ばすようなストレートさで作品に向かおうとしている永田さんを見て、私は「かつての自分」あるいは「アーティストの原型」に出会ったような気がして、とても勇気づけられたのと同時に、自分もそうありたいと思いました。そして、まっすぐにダンスと向き合う彼女と、ただただ同じ土俵に立ってみたい。立たせてください!という思いが沸き起こりました。

今回の永田さんのソロは始まったばかりの習作です。
これから長い時間をかけて育っていく新芽です。やがてすぐに大木になると思いますが。。。

そして私のソロは過ぎてしまった「まっすぐな時期」を超えて、まだなんと名付けたらいいのかわからないのですが「第二期」に突入した感のある作品な、気がします。。。
この遅咲きの芽も、隣国、韓国に根を張り、やがて二つの国を繋ぐ「蔦」のように成長してくれればと思っています。

おそらく今後も何らかの形で、彼女のソロダンスは発展していくことと思います。私が韓国から帰ったタイミングで、また何かしら発表の場を設けるかもしれません。が!

今の二人のダンスは今しか見られません!!

新緑の季節、平日の夜ですが、ぜひ二人のダンスを見に、会場に足をお運び頂けたらと思います。
美味しいドリンクと気持ちのよい空間、ダンスを肴にゆっくり話しましょう。

詳細情報はNEWS欄あるいはフェイスブックイベントページ京極朋彦 / 永田桃子 ソロダンス ダブルビル公演をご覧ください。

皆様にお会いできるのを楽しみにしております。

京極朋彦
京極朋彦ソロダンス『DUAL』初演より 撮影:Jyunpei Iwamoto